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わたしの年末年始 (管理人の妻)

料理は好きだけれど、おせち料理は作ったことがない。
ずっと母が作っていた。
「結婚したので、さあ作ろう。」と思っていた。

ところが、年末年始は主人につきあってスキーに出かけ、民宿でお正月を迎える。
それで作らずじまい。ずっとこのままいくのか? このままいくことにしよう。

そして、スキーから帰宅した翌日は主人の実家で昼食の集まりがある。
16人集まる。
そのまた翌日は私の実家で夕食の集まりがある。
こちらは5人。

どちらも食べに行くだけで終わっている。

主人の実家の集まりは、スキー疲れと洗濯で、出かける仕度が整うのはお昼ぎりぎりの時間となる。

ようやく出かけられる頃に、主人の母から「そろそろ来て。みんな集まってるよ。」と電話が入る。
それから出かける。
5分で着く距離だ。

今年は、いつもより30分早く行けそうだったので、主人に「行こう。」と言ったら、「お母さんの催促の電話がまだや。待ってる。」と言う。

主人にとっては恒例行事のひとつのようだ。30分後、電話がかかってきた。

そして私はスキー疲れでむくんだ顔で、毎年新年の挨拶をする。
さわやかな顔で挨拶した記憶はない。
そしてご馳走をいただいて帰る。
長男の嫁である。

リストマークスキー旅行記



白馬八方へスキーに行った。スキーは僕の年に一度の楽しみだ。
この旅行を満喫するには、いくつかの関門があった。

出発の数日前に妻が風邪をひいた。行けるかどうかの状態の妻に、前日に風邪薬を買いに走り、「とりあえず現地に行って、温泉でも入っていたら。」と説得した。とりあえず行くことになった。第一関門クリア。

第二関門は天候だ。
晴れていたら、最高のスキーのはずだったが、一日中雪が降り、視界は5メートル先も見えない状態だった。
それでもせっかく長野県まで来たのだからと、愛する妻だけど宿に残し、滑ろうとがんばった。

第三関門は体力だ。
普段運動していないこともあり、息が切れて足も痛くなった。
一ヶ月前に調整したスキー板が上手くコントロールできない。初級コースでなぜか転倒。
昔なら楽勝だったはずなのに・・・。しかも、妻がいなくて寂しい。

3時間後、妻が滑りにやってきた。うれしい。
妻が言うには、僕は休憩なしで滑り続け、しかも寂しすぎて、蒼白な顔をしていたらしい。
そのあとは、ゆっくりと食事をとり、妻に合わせてゆっくり滑った。

宿の夕食では、隣に座った夫婦に声を掛けた。
八王子から来た、イギリス人の男性と日本人の女性のカップルだった。

ご主人は、イギリス国教会で育った。奥さんは英語の教師であり、キリスト教系の学校を卒業されていた。
スキーの話や、オーストラリアで出会ったという二人の馴れ初めの話が聞けた。
僕たちがクリスチャンで、毎週教会へ行っていることを話した。少しでも興味を持ってくれたかな。
ご主人は風邪をひいておられ、僕が妻のために買った風邪薬を少し分けた。役にたった。


第四関門は道路状況だった。
帰り道に観光名所にもなっている近くの教会を見に行こうと車に乗ったが、夜中に雪が30センチほど積もってたせいで、坂道でタイヤが空回りし、あきらめて引き返した。
その代りに日帰り温泉に入り、信州そばを食べた。

いろいろあったが、事故もなく、出会いもあり、思い出に残るスキー旅行となった。


リストマーク寛容な心


「人生を変える力」(リック・ウォレン牧師著)という本の中に、あなたの寛容度を試すテストという項目があった。

その第一番目のテストは、あなたは「妨害」への対処をどのようにしていますか?というものだった。

以下本文・・・
たとえば夕食の席に座ると電話がなる。
締め切りに追われて仕事をしているときに限って誰かが尋ねてくる・・・何かやりたいことがあるときというのは、大抵邪魔が入ります。・・・あなたはさまざまな割り込みにどのように対処していますか?寛容な心はありますか?

このテストに、僕はあかんなぁ。。。と思った。

次の日の会社での出来事・・・

会社では、社外用の固定電話と社内用の携帯電話とがあり、たまたまその日は私一人で留守番をしていた。
その日、社外からの電話に応対しているときに限って、社内用の携帯電話がかかることが立て続けに3回もあった。
当然一度に2つの電話に対応が出来ないので、後から掛かった携帯電話の方を切った。

まるで監視カメラを通して私が電話しているタイミングを見つけて、嫌がらせに電話しているように思えるぴったりのタイミングだった。
ついイライラした。

その時、前日に読んだ寛容度を試すテストを思い出した。

これは偶然でなく、このタイミングで寛容な心を教えられているなぁと感じた。

やっぱりあかんかった。



リストマーク From The Church 第8回 立命館大学と大津キリスト福音教会の合同ライブが行われました。



クリスマスソング等を満喫し、牧師のメッセージなど、どれもすばらしかった。

リストマーク自転車泥棒・・・ではありません

会社の近くで通勤途上の10分ほどのところに郵便局がある。

仕事で明日届けなければならないものがあったので、会社の自転車を借りてその郵便局に行った。

普段は歩いている道のりを自転車で行くと約半分の時間で行けたので喜んだ。

しかし・・・

用を済まして、会社に戻ろうと自転車に鍵を差し込んだが、鍵のロックが外れず、鍵自体も刺さったままびくともせず、しばらく頑張ったが、どうしょうもなくなってしまった。

仕方が無いので、自転車のハンドルを左手で持ち、右手で自転車の後輪を持ち上げ、会社に帰ることにした。
何人かがすれ違いこちらの行動をちらっと見ながら去っていった。

「あのぉ 会社の自転車です。決して盗んだ訳じゃありません。」
誰かに聞かれたら、言おうと思ったけど結局誰にもとがめられず、倍以上の力と時間をかけて恥ずかしい思いで会社に戻った。

それにしても、大切な自転車はチェーン式の鍵を動かないものと繋げておかないと簡単に盗られることが分かった。

リストマーク3歩進んで2歩下がる

8月くらいから任されている仕事が、なかなか進まない。
私が業者に工事をお願いして、進めていく窓口になっているが、初めの予定よりかなりスケジュールが遅れて、やきもきしている。

先日もやっと3歩ほど進んだと思ったら、2歩下がることになった。

自分が業者に代わって何かできれば、気が楽なのかも知れないが、ただ「まだですか?」と言うしかない中で、ますます、気があせった。

そんな時、聖書に「何も思いわずらわないで、あらゆる場合に感謝を持ってささげる祈りと願いによって、あなた方の願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安があなたがたの心と思いをキリストイエスにあって守ってくれます。」という言葉を読んだ。

ああだ、こうだと考えていたが、こころが静まった。

リストマークやられた

毎日、家に帰って夕食をいただくまでの間に、録画された連続テレビ小説「ごちそうさん」を観る。

今回のドラマのテーマは「食べることは生きること」で、洋食レストランの娘が主人公だ。

今日は、主人公の「め以子」が下宿人の「悠太郎」に、嫌いな納豆を何とかして食べさせようと、納豆に味噌、砂糖、ごま油、山芋、ピーナツとを油あげにつつんで油で揚げて、何気なく「悠太郎」に食べさせた。

彼は嫌いな納豆が入っているとは知らず「おいしい」と喜んだ。


録画を観終わって、僕のいる食卓に食事が運ばれてきた。

おかずの中に、さっきテレビで観たような油揚げがあった。
まさか・・と思って食べてみたら、苦手な納豆の味が口に広がった。・・・やられたっ

朝、テレビを見た妻が、さっそく見よう見まねで作ったのだ。

結婚するまでの40年間食べなかった納豆。
悠太郎のまねをして「おいしい」とつぶやいた。

この前作ってくれた、納豆入り里芋コロッケの方がましだった。。。

妻はいう、「今度は間違いなくおいしくできるから。」


リストマーク 倍返しだっ

「倍返しだっ」
「倍返しの倍返しだっ」
「倍返しの倍返しの倍返しだっ」

通勤途中の駅前でランドセルを背負った男子が無邪気に騒いでいた。
高視聴率ドラマ「半沢直樹」が終わって少し経つが、今、小学校の間では「倍返しだっ」が流行っているようだ。

大人だったら、現実に「倍返し」の適応や加減が分かるだろうけど、子供はどうなのだろう?
たとえばちょこんと頭を小突かれたとして、その倍返しを続けるなら、最終的には大喧嘩になるではないのかと心配した。

ところで聖書では、どう教えているか。
「悪をもって悪に報いず、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福を与えなさい。」1ペテロ3
「自分で復讐してはいけません。神の怒りに任せなさい」ローマ12
など書いてある。

私は「倍返し」より聖書の言葉に従いたい。

リストマークパンのプレゼント(管理人の妻)


以前、パン教室に通ったこともあり、パンはなるべく手作りしていた。
最近は、ホームベーカリーで焼くことが多い。ケースだけ洗えばいいので楽なのだ。

この夏は暑かったので、パン作りはちょっとさぼり気味でいた。
でも9月になったので、久しぶりにホームベーカリーで焼いてみた。おいしくできた。

朝食に一切れずつ食べて、のこりを実家の両親に持っていった。
野菜と交換である。

「明日の分は、今日帰ってから焼こう。」と、思っていた。

ところが、帰り道、いろいろ用事を済ませているうちに疲れてきた。
最後に立ち寄ったスーパーで買い物をする頃には、「帰ったらパン焼かなくっちゃ。
ああ、夕飯も作らなくっちゃ。あ〜あかん、神様、疲れてきたわ。」と、こんな具合だった。

主人のお弁当のおかずに冷凍食品を買うことにした。A社の蟹シュウマイを手に取った。
やっぱりB社の海老シュウマイにした。

レジで清算していたら、店員さんが、食パン一袋を私のかごに入れた。
「今日、B社のものを買ってくださった方には、パンがプレゼントされます。」

そんなサービスは初めて聞いた。「ひ〜。私、なんで海老シュウマイにしたんだろう?
え〜、さっきの聞いてたんですか。神様。」

パンはそれから3日間、フレンチトーストにしていただいた。おいしかった。

リストマーク少年H

水谷豊さんと伊藤欄さんの実夫婦が夫婦役を演じている映画「少年H」を見に行きました。

第二次世界大戦の時代に生きた、妹尾河童さんとその家族の自叙伝的小説の映画化なのですが、僕がこの映画を観てみたいなと思ったわけは、一家が実際にクリスチャンファミリーだったらしいので、戦時中のクリスチャンはどんな生活だったのかと興味を持ったからです。

これから見ようとされている方がおられたら、詳しい内容を教えるわけにいかないのですが、戦時中の厳しい状況において、少年Hの両親が、クリスチャンとしてどう生きていけばよいのかを実践されていたことが、とてもよかったです。

聖書には自分と同じように隣人を愛する。ということばがあります。

自分の家族に余裕があるとしたなら、分けてあげることも出来かもしれませんが、あの時代に明日の保証も無いのに、隣人を助けられることに感動しました。

リストマーク愛妻への花  (管理人の妻)


たいていは仲のよい夫婦である私たち。当たり前のことだけど、意見がすれ違うこともある。
そんな時はお互いに説得しても無駄。

そのままにしておくとどうにも困る時、どうするか。あとは神に祈るしかない。
(そんな時、夫はどうしてるのかな。たぶん心で泣いて、神にゆだねるのだろう。
そして翌朝には忘れているな。)

さて、先日もそんなことがあった。その翌日、私は言った。
「神様、ちょっと本気出して祈りますから、聞いていてください。」
(内容は神のみぞ知る。)最後は夫の祝福を祈ってしめくくる。

その日、夫は帰宅するなり、花束を差し出した。
3本の赤い花。バラかと思ったら、ケイトウの花だった。

今日は何の日だったっけ。なんでケイトウ?

聞いてみると、「もっと妻を大事にしないといけないと思った。
駅前の100円ショップで買った。その花しかなかった。300円やった。」そうだ。

よく見ると、そのケイトウは、3本とも花の形が整っていなくて、
ひとつは三角、ひとつは丸、ひとつは枝豆の形をしている。ユニークとしか言いようがない。

思わず笑う。さて何に生けようか。花の形が面白すぎて、どうしていいのか分からない。
そうだ、買ったばかりのあの大きなボヘミアグラスの花瓶がある。

それは、あるお店が閉店することになり、店じまいセールに通っていたら、
「さっき倉庫から出てきたばかりよ。」と、親しくなった店員さんが教えてくれて、
とても安く買わせてもらった花瓶。

花をそのまま差してみる。えっ、うわ〜、美しい。
合わさったらこんなに綺麗になるなんて。想像してなかった。感動するしかない。

台所の窓辺においてみた。
その美しい姿は、毎日私を励ましてくれることとなった。

主よ、いろいろと返事は聞きました。







リストマーク梅を干す (管理人の妻)


今日は梅を干した。3日目。大気の状態が不安定ながら、なんとかお天気に恵まれた。
干してある梅を見て、主人は「あれが梅ジュースになるの?」と言った。

「これは梅干。毎日お弁当のおにぎりの中に入ってるやろ。」と言うと、
「これやったんか。」その返事にめまいがしそうになった。分かっていなかったのか。

確かにおにぎりには梅干をちぎって入れているので、丸ごとは入れていない。
しかし、梅を塩漬けにするところも、紫蘇を入れるところも見せたはず。やれやれ。

これが毎日のお弁当に使う、梅干と紫蘇(しそ)です。
紫蘇はこれからミキサーにかけて、ふりかけにします。

梅干作りの喜びを与えてくれる神様に感謝。

リストマーク上高地日帰り旅行 (管理人の妻)


今日は、Y旅行会社の上高地日帰り旅行に参加した。旅行代は一人約6000円でお弁当つき。
上高地に日帰りとはちょっと無謀な、と思ったが、よかった。

朝、4時すぎに起床、6時に大津駅前でバスに乗り、出発。
長野県の上高地には、11時に到着した。

雨が降って気温も22度。かっぱと傘をさしての散策となったが、晴れた時とはまた違う、みずみずしい森林と、幻想的な風景を楽しんだ。

主人は、憧れのホテルでケーキセットを食べて大満足。
実は7年前にも、このホテルでケーキセットを二人で食べた。
でも、値段が少し高かったので、ケーキは一つだけにして、二人で分け合ったのだ。

その時のケーキは、りんごムースケーキだったのだけれど、それがとびきりおいしかったのだ。
主人は、あまりのおいしさに、「1個食べたかった。」とずっと心残りに思っていた。

それでずっと、再びケーキセットを食べることを、夢見ていたのだった。


温泉にも入り、楽しい時間はあっという間に過ぎた。
3時に帰路に着き、帰宅したのは夜の8時半。

信州が大好きな私は、夫に、「信州が春も夏も秋も冬も私を呼んでる。引っ越そうよ〜。」と言う。
主人は、「お呼び出しには、丁重にお断りしなさい。」と返事する。

PS(夫) サルの軍団に遭遇した。
サルの子供が親の背中に乗っかって、かわいかった。
そっと見てそこを去る。
サル(去る)ものは追わず・・だ・・?

リストマーク体重が増える (管理人の妻)


「最近、ズボンがきつくなってきたよ〜。」と主人が言ってきた。
体重を測ると、46キロ。お〜、よかった、よかった。昨年の夏は43キロだったので、ほっとした。

「帰り道はお腹がすいて、エネルギーがないよ。」というので、
秋頃から、毎日少しずつ、ミックスナッツとレーズン、くこの実をタッパーに入れ、持たせるにしたのだ。

帰り道、電車を待つ間に食べているらしい。
それがよかったのかな。
私と同じ体重になるまで、あと4キロ。 待ってるよ。

リストマーク脳ドックの体験



友達に誘われ、いい機会だと思い、生まれて初めて脳ドックというものを受けることにした。
(首から上の精密検査)
会社の先輩が昔にたまたま脳ドックを受けて、そこで異常が発見され手術されたことも、私が受けようと思ったことに影響している。
また、中学生のとき少し車と接触したことがあり、それが原因かは分からないが、季節の変わり目に、首と腕の調子が不安定になることも気になった。

内容は、首のエコーと頭のMRI(連続写真)や心電図などだ。

MRIは、ご存知の方もあると思うが、首を固定され、寝たまま筒状のところに入る。頭の上から、「だだだだっ」とか「どどどどっ」とか
打楽器のような音が、とにかく20分ほど鳴り続けるものだ。検査とはいえあまり気持ちのよいものではない。

気を紛らそうと、頭で数字を1000まで数えたり、「主にすがる我に悩みはなし、みもと(天国で神のそば)に行くまで支えたまわん・・・」と頭の中で賛美歌を歌ったりしていた。

検査結果が悪かったら、みもとに行くのかな?

検査があまり長いとついつい、どこか悪いところでも見つかったのかと心配してしまうものだが、先生から「首から上は健康です」と言われたので、安心した。

しかし、私には他の人にある首から脳の血管が2本ほど無いそうで、(異常ではなく、そういう人もいるそうだ。)近頃記憶力が弱いのはそのせいかなと思った。

いっしょに行った友達は「年のせいや」と言ってくれて、慰められたが、とりあえず、「いやいや私はまだ若い・・・」と言い聞かせる。

とにかく異常が無くてよかった。

リストマークホームページを作る人への応援 (管理人の妻)

夫が、教会のホームページを作るようになって5年くらい。
コツコツとやっていた。

そんな夫に対し、神さまのおぼし召しによって、夫の助け手(それを『妻』と言う)になった私は、夫を助けてきたような、こなかったような、応援してきたような、してこなかったような年月であった。

「こんなことする時間があるなら、おかずの一つくらい作れるようになったら。」(夫は卵焼き焼けない。)
「こんなことする時間があるなら、人と会話する練習したら。」(夫は会話に出遅れる。)

「こんなことする時間があるなら、もっと私と会話してよ。」(夫は日頃十分会話していると思っている。)
「ホームページ作るのやめよう。外に出て、もっといい趣味作ろうよ。ふたり共通のものを。」(ひょっとして夫は使命でやってるのかな?)

「中途半端な聖書知識で書かれても、読んだ相手が後々迷惑する。神さまも困るから。」(まあ、神さまは困らないか。全知全能だから。)

極めつけは、
「仕事行ってる間に、パソコン壊しておくから。」(夫が心配する。)

夫はこんな環境の中で書いてきた。(同情する人も多いだろう。)

文章の内容・誤字・句読点のチェックを、夫が私に頼む。頼まれなくても必要以上にチェックする。
それで夫は私に内緒で、時々こっそりと、文章をホームページに載せてしまう。

夫が「ホットコラムに何か書いてよ。」と私に言ってくる。
私は、「そんなことしてる暇はない。私は私でやることがある。」と返事する。

2、3日したら、仕方がないので、一つ二つ書く。
文章を書くのはたいへんだ。聖書には、「主のみことばは、混じりけのないことば。純化された銀。
土の炉で7回も試されて、 純化された銀。」とある。

神さまの言葉でさえそうなのだから、私も仕方がないので、炉で試されるわけでもなく、純化もされないが、
とりあえず7回以上、読み直したり、書き直したりする。

そして夫には「あなたのことを愛してるから書いたんだからね。」と、「愛」という言葉で恩を売る。
(本来、愛は見返りなしで、ただ与えるだけのものである。)

こんな応援に夫は、「お願い、誉めて育てて。」と言っている。





リストマーク 休日  (管理人の妻)



今日は、主人はお休み。
残業が続いてお疲れさま。

主人は朝から、花の手入れ、モッコウバラの剪定をして、リラックス。
それが終わると、理容室へ散髪に行き、整った髪のおかげですっきり爽やかな男前に。

お昼からは、気分転換に、びわ湖大津館(旧びわこホテル)のイングリッシュガーデンを見物。
一人200円、バラが見ごろだった。暑かった。

そのまま、比良山ふもとの、比良トピアという日帰り温泉へ。
お風呂あがりの主人の髪が濡れている。当たり前のことなのに、今日は何かがおかしい。。。

そうだ!主人は、午前中、理容室で髪を洗ってもらい、きれいにブローもしてもらったのに、
また、洗ったのだ。しかもボサボサだ。この行動の理解に、私は苦しむ。。。

「いいやん、洗いたかったんや〜。」と主人。

主人は、連れて行ってもらえるのがうれしいタイプの人間。助手席で喜んでいる。
わたしは、連れて行ってあげるのがうれしいタイプの人間。運転席がいい。

おだやかな休日が終わった。

リストマーク いちごの収穫



昨年植えた、いちごの実が今年も実った。

今のところは、たった2粒・・・でもうれしい
(昨年は5粒だったけど・・・)

収穫して夫婦で1粒ずつ食べようと思う。

リストマークえんどう豆と十字架行進 (管理人の妻)

もうすぐ、父の畑ではえんどう豆の収穫の時期を迎える。
一年前のことを思い出す。

一年前、実家のえんどう豆を収穫するため、朝一番に車で向った。

予定では、豆を1時間ほどで収穫したあと、実家近くの教会の平日の礼拝に出て、牧師の話を聞いてから帰り、昼には自宅に着く予定だった。(この教会は、びわこシャロームチャペルといって、結婚前に通っていた教会である。)

さて、母といっしょに、えんどう豆の収穫をしたら12時に、ツルの後始末をしたら3時になってしまった。
「やれやれ、終わった。楽しかった。教会へは行けなかった。これが今日の神様の計画かな。残念だけど、さあ帰ろう。」

車に乗って帰路についた。国道を走る。結構混んでいる。

すると、対向車線を走る車と車の間から、歩道を歩くある人が、目に飛び込んできた。
「えっ、こんな国道で材木を担いで歩いている人がいる。なっ、なんだ?」

次の瞬間、その材木が、全部見えた。「十字架だ。十字架を担いで人が歩いてる!」

通り過ぎてから、「あれは何だったんだ?見間違いだったのか?」と、運転しながら、ぼんやりしていた。
見るはずのない光景を見て、なんだか分からなくなってしまったのだ。

そうこうしているうちに、はっとした。ひょっとして十字架行進?
(アーサー・ホーランドという牧師が、十字架を担いで、日本全国を歩いている。)

戻って確かめようとしたけれど、道路は渋滞になり、そのまま帰宅した。
家に帰ってパソコンで調べたら、やはり十字架行進のようだった。


翌朝、確かめるべく、国道に向い、20分ほど走った。いたいた。十字架行進している。今日は4〜5人の人と一緒だ。
先回りして車を近くの駐車場に止めて、歩道で待った。あいさつして、見送った。

十字架が目の前を通り過ぎて行く。立ち尽くす。
「あなたに、これを担がせるには忍びない。」そんなふうに聞こえた。
小さくなっていく後ろ姿に「ありがとう」と言うしかなかった。

リストマーク通勤中の風景にて・・・


通勤中の電車の中のサラリーマンや学生たちは、
大抵がスマートホンの画面を指で転がしたり、
新聞紙を縦に折りたたんで器用に読んだり、
本を読んだり、参考書を読んだり
ヘッドホンで音楽を聴いたりして、
近くにいる他人と目を合わさないように上手に視線をそらしながらすごしている。

(まれに電車の中でいちゃついて見つめあう若い男女を目撃してしまい、勘弁してよと思うこともある)


まだ電車通勤の初心者の僕は、基本的に電車の中で何もしていないので、下手に他人をじろじろ見る分けにもいかず、自然に電車内に吊ってある広告をぼっと眺めることが多い。(座れるときは本を読んでいる)

広告には短い文章でぱっと心を掴むものが多く、さすがプロの考える文章は無駄なく、短く、伝えたいことを記憶させるなあと感心する。

そこで、「キリスト教会に行こうキャンペーン」と勝手に名を打って広告を作ってみた。
よろしければ見てください・

もし、これをパンフレット・チラシとして配ったら、もらった人はどう感じるのだろうか?

リストマークさくら咲く



自宅の近くで桜が満開なのに、小雨の中わざわざ五分咲きの彦根城に行って来ました。

彦根といえば「ひこにゃん」を並んで見てきました。
いい年して何だけど・・
初対面の「ひこにゃん」はゆるくて、かわいかった。

リストマーク天国経由でやってきた皿 その2 (管理人妻)


2年ほど前だったか、ほうれん草のおひたしを入れる皿が欲しいなあと思った。
ある店で、素朴なよい皿5枚セットを見つけた。でも、ちょっと我慢しようと、帰宅した。

すると、数日後だったか、ある日、宅急便が届いた。
「タカラ酒造から?なんだろう?」荷物を開くと、お皿セットが!

そういえば、ずいぶん前に、みりんを買ったら、プレゼントが当たる期間だったから、はがきに応募券を貼って、出したんだった。
忘れていた。当選したんだ。

あの時、我慢して買わずに帰ったのも、神様がそう仕向けてくださったのか?
今、その皿は、おひたし、炒め物、煮物なんでも活躍している。

リストマーク お弁当づくり  (管理人の妻)

主人のお弁当を作り始めて8年目。早起きして取り組むが、たいてい慌てている。

冷蔵庫を開けて、作り置きしておいたおかずがあったら、ほっとし、でき上がったお弁当を見て、「主の山に備えあり。主よ感謝。」と言う。

冷蔵庫を開けて、作り置きしておいたおかずが、一品もない時は、(おいしかったので、つい夕食に全部食べた。)
「ああ、やっぱりない。当たり前だ。主よ、ありません。間に合うか?」
(ヨハネの福音書2章3節と同じ気持ちである。)と、言いながら、とりあえず取り組む。

でき上がったお弁当を見ると、「お〜、無から有を造り出す神よ〜。」と、これまた神への気持ちが湧き上がる。
毎日お弁当ができ上がるのは、奇跡である。

たまに、「今日は無のままやわ〜。」と言って、弁当作りをさぼります。


★久々の管理人のなぞなぞ★
飲むとすぐ、眠たくなるお茶は?→答えはジャスミン茶→ジャアスイミン→じゃあ睡眠→

リストマーク    From The Church Music Festa

 2/9 14時〜立命館大学と大津キリスト福音教会のライブが行われました。
 アカペラ+ゴスペル+フラ・・・など和やかで、楽しいひと時でした。


立命館大学アカペラサークル Song-Genics から4チーム出演
美しいハーモニーに感激



SPECIAL GUETS 「URALI」さん×花田えみさんのライブ
こころにしみる歌声と歌詞





ゴスペルフラ
ゴスペルのBGMと優雅なフラダンス

宣教師の音楽とメッセージ

リストマーク天国経由の皿 1 (管理人の妻)


以前から、シチューやスープを入れる器が欲しいなあと思っていた。
でも手ごろな値段で、気に入るものがなかなか見つからなかった。

ある日、ぶらりとリサイクルショップに寄った。すると、あった。
新品で、かわいいし、落ち着いている。市価では、とても買えない。半額である。

主人には、「お皿の買いすぎは、あかんで〜。」と言われている。
でも主婦の立場としては、これは必要と判断して、買った。

さあ、報告をどうしようか。いつもはすぐに言うのだが。。。
今回は、ちょっと遊び心で、食器棚の奥になんとなく、目立たないように置くことにした。

毎晩の夕食後、皿を洗うのは私、拭いて食器棚に片付けるのは主人。
なんとなく見ていたら、気づく前に慣れるだろう。という、作戦にした。果たして。。。

何日もたったある晩、主人は気づいた。
「あっ、この皿、前からあった?  あ〜、買ったやろ〜。」と言った。

私は、なぜか「この皿は、永遠の昔からあって、永遠に至るまであるのやわ〜。」と言ってしまった。
詳しく言うと、「神は永遠から永遠までおられるお方で、すべては神のご計画のもとにある。このお皿も、
神の永遠のご計画のもとにあり、今ここに目に見える形で現れたのだ。」という意味である。

なんでこんな言葉がすらすらと出てきたのかわからない。いいわけに聖書の言葉を使って
ちょっと反省しなくてはいけないが。。。

主人は、「うまいこと言うやんか〜。」と言った。二人で大笑いした。
主人はこの器を気に入って、シチューを食べている。

リストマーク天国経由でやってくる。 (管理人の妻)

2〜3年くらい前から、リサイクルショップや、リサイクル書店を巡るのが、楽しみのひとつになった。

「ああ、あれが必要だなあ。」「あれがあると、いいなあ。」と、思っていると、ある日、突然、お店で見つけるのだ。見つけるというよりは、出会うのだ。

「いったいなぜ、ここにあるの? どっから来たん? 私が欲しいのを知っていた?」と、それを手に取って、思わず話しかける。

新品だったり、中古で破格の値段だったり、自分の予想をはるかに超えるよい品質やデザインだったり、とにかく、驚くことが多い。

食器から始まり、ハンカチ、靴下、おしぼり、セーター、花瓶、お風呂から洗濯機に水をいれるポンプ、ホームベーカリー、レモン搾り器、おしゃれな折りたたみ椅子、数々の料理の本、など、まだまだある。

手にする度に、「神様、今回もまた、天国経由で送って下さり、感謝します。

お宝発見の喜びも味わえて、ワクワクします。(主婦の、ひそかな信仰の冒険である。)
どなたかは存じませんが、手放してくださった方、ありがとう。」と祈る。

帰宅すると、主人の前で、「お〜、神様は、なんてすばらしい!」を連発する。そのあとで、「神様もこれだけ褒められたら、うれしいだろうから、更にいいことを、せざるを得ないだろう。いひっひ!」と言う。

すると主人は、「ちょっと心が濁ってないか?物欲を感じるのは気のせいか?」と、疑惑の目を向ける。

リストマーク熱がひく(管理人の妻)


新年早々、二人とも風邪をひいた。

主人が、まず、熱を出した。早く治るように主人のために祈った。
けれど、主人は、年末年始の疲れもあってか、いつもより熱の下がりが遅い。

その2〜3日後、今度は私が熱を出した。主人のが、うつったのではなく、
実家の家族からうつったようだ。タイプの違う風邪だ。

熱が38.9℃まで上がった。主人が手を私の背中に置き、「神様、癒してください。」と、祈った。

すると翌朝、36.5度以下にさがった。すっきりして、動いても熱が上がる気配がない。
「あれ、おかしい。元気だわ、私。なんでやろ?」

私は、風邪をひきやすく、熱が出やすい、熱が出ると、下がるまでに3日、直るまでに1週間以上かかることが多い。それで、合点がいかない。

「こんなこともあるんですね。神様に祈っておきながら、なんですが、不思議です。感謝します。」

主人には、こう言った。「聖書に『義人の祈りは聞かれる。』とあるけれど、あなたは本当にそうなんやわ。ありがとう。
それに比べて、私は見ての通り、暴れん坊なんで、義人と違うわ。悪いなあ、ごめんな。」

そして、その代わりに、かいがいしく主人の世話をするのであった。

聖書には、熱病にかかったペテロの義母が、イエス様に祈ってもらったら、熱が下がって、みんなの食事の支度にかかったとの記事がある。
ペテロの母も不思議だなあと思いつつ、食事の支度をしていたのだろうか。