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日帰りスキー (管理人妻)

先日、主人が休みの日に、びわこバレイスキー場に行った。
地元の滋賀県にあり、1時間で着く。
山頂から琵琶湖をながめてスキーができる。午後から滑るつもりだった。

車で行く道中、吹雪になってきた。二人で「ど〜する〜?」と言った。
「昼ごはん食べてから決めよう。」「そうしよう。」ということになり、喫茶店で昼ごはんを食べた。

食べたあと、二人で「どうする〜?」と言って、「今日はやめよう。」「そうしよう。」ということになり、家へ帰ることにした。

車に乗ったら、「やっぱり、とりあえず、スキー場の駐車場まで行ってみよう。料金所のおっちゃんに聞いてみようか。」「そうしよう。」ということになった。

駐車場に着くと、料金所にはお兄さんがいて、「山の上の天候は、大したことないと思いますよ〜。」と言った。

「とりあえず行ってみようか。」「そうしよう。」ということになり、行くことにした。

日本最速の120人乗りのロープウエイで、あっという間に山頂に着いた。
そこは、吹雪だった。マイナス7℃だった。
「大したことあるやんか〜」

目も開けられない、背を向けて立ってるのがやっと。
それでも若者は、滑っていく。

「滑るのやめよう」「そうしよう」ということで、私たちは、一回も滑らずに、すぐに休憩所に入って休んだ。
おっちゃん、おばちゃんスキーヤーである。

しばらくして「さあ、行こうか。」と、吹雪の中を滑り始めた。
途中、「体、強くなったなぁ。よかったなあ。」と、主人が私に言った。

帰りに、比良トピアの温泉に入った。そのあとフルーツ牛乳を飲んだ。

どこまでも優柔不断な私たちの、いつもの休日だった。

リストマークパン小屋  (管理人妻)


昔、ドイツ人宣教師の奥さんが、パンを焼いて、教会に持ってこられ、チーズをのせて、みんなでいただいた。おいしかった。
その方にレシピをもらって、そのパンをときどき作って、家族で食べた。

そんな私は、今、神様の恵みによって、パン教室に通っている。

パンは、小麦粉にイースト菌や、干しぶどうなどで作った酵母菌を加えることによって発酵して、おいしくなり、膨れる。

ところが、ヨーロッパにある、あるパン屋さんは、粉にわざわざイーストや酵母菌を加えなくても、おいしいパンができるそうだ。

どうしてかというと、
そのパン屋さんは、小さな小屋でパンをつくる。

いつもいつも、パンを作るので、その小屋の空気中には、パンにとって、よい菌だけが存在するようになったそうである。
だから、わざわざ菌を入れなくても、そのパン小屋で作るだけで、パンは膨れて、おいしくできあがるそうだ。

心にひとつの、み言葉がやってきた。

イエスは言われた。
「わたしの家は、祈りの家と呼ばれる」聖書

「わたしの家」とは、神様(イエスさま)の住まれるところのことで、ふつう教会のことをイメージするけれど、実は、クリスチャン一人ひとりのことである。
なぜなら、神様は一人ひとりの内に住まわれるからである。

「祈りの家」と呼ばれるくらい、私は、いつも祈って、神様とお話しているだろうか?
よい実を結ぶために、神様のよいものだけが、存在するようになっているだろうか?

そう思うと、ふー。。。パン小屋に例えると、
雑菌がいっぱいで、発酵菌より腐敗菌が多いかも。
そこで作る私のパンは、でこぼこか、ぺっしゃんこか、味もおいしいのかどうか。。。

とりあえず反省。。。

リストマーク夫は イケメン (管理人の妻)

日本のクリスチャン人口は、とても少ない。
そして、女性が多い。
年頃のクリスチャンの女性は、たいてい、クリスチャンの男性と結婚することを願っている。

なぜなら、同じクリスチャンの人といっしょに、神様の祝福を受け、分かち合って生きていきたいからである。

20代の頃、若者のための、クリスチャン結婚セミナーに参加したことがある。
聖書から、神様の語られる結婚について、学ぶのである。

となりにいた女性が、「この中から、結婚相手を見つけろと言われたら、お先真っ暗やわ。」と言った。
そのとなりにいた牧師さんが、吹き出して笑っていた。

それだけ覚えている。(男性のみなさん、すみません。)

最近の、若いクリスチャン女性の願いは、イケメン・クリスチャンと結婚することらしい。

そういえば、私も、トム・クルーズや、安部寛さんなど、いわゆるイケメン俳優さんが好きだった。
友人には、「あかんで〜それは。いいかげんに目を覚ませ」と、言われていた。

実際、好きになるのもそんな人で、あるとき、友人に応援してもらって、ダッシュして、手紙をその人に渡しにいった。
そして、「神様、この人とつきあえたら、信仰を捨ててもかまいません。」と、祈った。

そんな祈りは、かなえられるはずもなく、撃沈。。。
でも、いろいろ楽しかった思い出である。

婚約式では、友人が、主人に近寄り、「あなたが、彼女のトムさんですか〜。ほぉ〜」と、あいさつしていた。

主人は夕食のあと、たいていテレビを見る。
わたしは、「テレビより、あなたの顔を見ているほうが、おもしろいわ。」と言って、主人の顔をながめながら、用事をしている。

主人は「見んといて〜。いくら僕が男前でも、恥ずかしいやんか〜。」という。

私は「おもしろい」と言ってるだけなんだけどなぁ。。。
でもまあ、そういうことにしておこう。

リストマーク二人で歩く道 1 (管理人の妻)

夫とつきあっていた頃のことである。

一緒にどこかへ出かけて、帰り道を歩いていた。
私は、夫の後ろを歩いていた。

ふと、「なんだか、一緒にいる方が自然だなぁ。」と思った。
すると、夫がふりかえり、こう言った。
「なんか、一緒にいることの方が自然やなぁ。」

びっくりした。
同じ時に同じことを思うなんて、不思議だなぁと思った。

そんなわけで、今も一緒に歩いている。

二人で歩く道 2 (管理人の妻)


結婚間もない頃は、夫の2、3歩後ろを歩いていた私。
それが今では、いつの間にか、夫の2、3歩前を歩いている。

先日、夫と歩いていて、私は「これではいけない。妻は夫に従わないとね。」と言って、夫の後ろを歩き出した。

しばらく二人とも無言で歩いた。そのうちに、夫がふり返り、言った。

「あかん、落ち着かへんわ〜。不自然や。ぼくの前を歩いて〜。」

私も言った。
「私も、落ち着かへんわ〜。私の後ろにいてくれないと。」

そんなわけで、元に戻って、私は夫の2,3歩前を歩き出した。
しばらくして、二人とも、「やっぱり、これがいい。」と、安心して、歩き続けた。

そんなわけで、今はこうして一緒に歩いている。

リストマークおにぎりに海苔 (管理人妻)

先日、主人と、主人の友人M君と、私は、岐阜県へスキーに行った。
主人と、M君は、交代で運転し、前の席で楽しそうにおしゃべりしている。

散髪の話になった。
M君は20年近く、理髪店を営む友人にカットしてもらっている。
M君の髪は特徴があって、その人でなければ、きれいにカットしてもらえないらしい。

主人はというと、ふつうの髪で、ふつうの髪型をしている。
馴染みの理髪店へ行ったり、1000円でカットしてくれる店へ行ったりしている。

私は、なぜかプロの美容師さんが使うカットばさみを持っていて、主人に「私にカットさせて欲しい。」と言うのだが、させてくれない。

「私は器用だから、5〜6回したら、きっと上手になるから。」と、言うのだが、だめだ。
命の縮まる思いがするらしい。

一度だけ、主人の髪をカットさせてもらったことがある。
私は調子よくカットしていたのだけれど、そのうち主人は、息をハアハア言わせ、「もう、あかん。もう、やめて。」と、ギブ・アップした。
そしてそのまま、理髪店へ直行した。
髪はサラリーマンの命らしい。

もうちょっとで、できたのになぁ。。。

そんな主人にM君は、
「お前の頭(髪)なんか、単純で、誰が切っても同じやないか。
おにぎりに海苔みたいなもんや〜。」と言った。

ぶはっ!吹き出して笑ってしまった。3人とも笑った。
主人の顔をしたおにぎりを握って、頭に海苔をペタンと貼っている自分を、想像してしまった。

主人の散髪が、ますます簡単に思えて、したくなってきた。
そのうちにさせてもらおう。

とりあえずその日まで、お弁当のおにぎりを握って心を備えよう。

リストマークおかえりなさい (管理人妻)


新婚間もない頃のことである。

私たちは、4階建てのハイツの2階に住んでいる。
主人は帰宅する前に、会社から電話をかけ、家の電話の呼び出し音を3,4回鳴らす。
それが合図で、それから15分すると、家に着く。

その日も、合図の電話が鳴った。
「そうだ。
たまには、主人がドアのインターフォンを鳴らす前に、先にドアを開けて、満面の笑みで『おかえりなさ〜い』って言ってあげようっと。」
そう思ったわたしは、友人が結婚祝いにプレゼントしてくれた、キティちゃんのエプロンをして、満面の笑顔の練習をした。

15分後、階段を上がる足音が聞こえてきた。「あっ、帰ってきた!」
急いで、玄関へ行き、ドアを開けて言った。「おかえりなさ〜い」

すると、目の前にいたのは、主人ではなく、4階に住むおじさんだった。

二人とも、一瞬、満面の笑みで、「えっ?」っと言った。
事態を察した、おじさんは、「アッ、どうも〜」と言った。
わたしはもう一度、照れながら「おかえりなさい」と言って、おじさんにおじぎをした。
おじさんは、4階へ上がっていった。

ドアを閉めて1分後、主人が帰ってきた。
「もう、なんであと1分早く帰ってこーへんのよ〜」と、やつあたりした。

主人はゲラゲラ笑っていた。

相手の確認は大切です。

下へつづく



おかえりなさい2 (管理人妻)

「おかえりなさい」で失敗したわたしは、それからは必ず、インターフォンが鳴ったら、ドアの丸い小さな穴をのぞいて、相手を確認することを習慣づけた。

ときは流れて2年。。。

このころ、主人は、テレビ番組に出てくるぬいぐるみのマネをして、返事をする時はいつも「はいの、はいの、は〜い」と、私に言っていた。

それで私もなんとなく「はいの、はいの、は〜い」っと主人に言っていた。

ある日、主人からの帰宅の合図の電話が鳴り、15分後、インターフォンが鳴った。
わたしは、「はいの、はいの、は〜い」と言ってドアを開けた。

すると、目の前にいたのは、また主人ではなかった。
保険の勧誘のおじさんだった。
ドアの丸い小さな穴をのぞかなかった。

うろたえて対応した。

ドアを閉めると、すぐに主人が帰ってきた。
「も〜、遅いやんか〜。」とやつあたりした。

主人はゲラゲラ笑っていた。

やっぱり、確認は大切です。

リストマーク晩婚

長い話ですが、4つに分けて書きました。
結婚を祈っておられる方に、希望と、神様のお導きがありますように。・・・→

→ ほっとこらむスペシャル

リストマークオレンジのセーター (管理人の妻)


お気に入りのセーターがある。
数年前に買ったもので、はじめて見たとき、「なんて暖かそうな色なんだろう、着て暖まろう。」と思って買った。

このセーター、オレンジ色で、しかも光っている。
温州みかんのようでもあり、暖炉の炎のようでもある。

私はこのセーターを着ると暖かい気持ちになるのである。

このセーターを初めて見る人の中には、コメントに困る人もいるようだ。
う〜ん、そうかもしれない。
でも、「まあ、みなさん、寒くなったら、暖まりに このセーターを見にきてね。」という気持ちである。

新年になって、初めての日曜礼拝に着て行ったとき、ある青年と、新年のあいさつを交わした。
「いいセーターですね。」と言われたので、「今日は新年初めての礼拝なので、初日の出のイメージで、着て来ました。」と言った。

彼は「わははっ、ちゃんとストーリーがあったんですね。」と笑ってくれた。

二週間後、たくさんの教会が集まって行われた新年聖会にも、このセーターを着て行った。

リストマークエステー (管理人妻)

「わ〜っ、早く来て〜!」
夕食後、台所で後片付けをしていると、居間でテレビを見ている主人が叫んだ。

何だろう、ニュースで、事件でも?と思って行くと、「小さいけれど〜♪ 部屋いちめん 消臭、消臭プラグ〜♪」と、エステーのコマーシャルが流れていた。

主人は、このコマーシャルのお殿様が大好きなのである。
私といっしょに、コマーシャルを見たかったらしい。
主人はテレビのリモコンを頭にのせ、ちょんまげの代わりにして、エステーのお殿様といっしょに、うれしそうに元気いっぱい歌っている。

そのうちに、立ってクルッと、ターンまでして踊っていた。
「何やってるの?」と聞くと、コマーシャルの前のバージョンでは、お殿様は踊っていたそうである。
コマーシャルが終わっても、二人でいっしょに、二回ほど歌った。

そのまま歌いながら、お茶わんを洗った。

管理人のコメント 「なんでダイワハウスなんだ」も結構好き

リストマーク花びん (管理人妻)

数年前の教会でのクリスマス。
その年は、教会から一人ひとりに、クリスマスプレゼントとして、花びんが贈られることになった。
女性4〜5人が、花びんを買いに100円ショップへでかけた。私も行った。

100個くらい買うことになり、ひとり20個ずつ選ぶことになった。
私は気に入ったものから選んでゆき、買い物かごに入れていった。
そのうちに、品数も減って、選ぶのもたいへんになってきた。

オレンジ色と白色がマーブル模様になった花びんが目についた。
「私の好みではないけれど、この花びんが必要な人もいるだろう。」
そう思って、かごに入れた。

買い物が終わると、みんなで、花びんをきれいな包装紙で包んだ。
みんなで選んだ花びんは、色も形もさまざまで、中には欲しいな〜と思うものもあった。

さて、クリスマス当日、みんなは花びんのプレゼントを選び、受け取った。
わたしは、残った中から、ねらいをつけて、ひとつ選んだ。

包みの形から、「あの花びんかな〜」と欲しい花びんを想像しながら、期待して包みを開けた。
すると、なんとそれは、オレンジと白色のマーブルの、あの花びんだった。

「なんで、よりによって、この花びんが私のところに来るの?はぁぁ〜(ため息)
「この花びんが必要なのは、私だったのですね。神様。」がくっ。。。
「それにしても、これのどこが、私には必要なのでしょうか?」と、それから花びんをながめる日々が始まった。

ー主の御告げー
天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。(イザヤ書、聖書より)

リストマークリリィのおかげ   (管理人の妻)


先日、クリスチャンの友人のIさん宅に行った。
コタツに入ってお茶をいただいた。
Iさんの子供達、小学生K君とMちゃんもいっしょだった。

最近、家族に仲間入りした、ミニチュア・ダックスフンドのリリィがコタツにもぐってきた。
私は、コタツの中に手をのばして、リリィを何度もなでていた。
すると、なでているはずのリリィが、コタツからでてきた。

「えっ、じゃあ今、私がなでているのは何?」
コタツをのぞくと、私の手はK君の太ももをなでていた。
「え〜!」いったいいつから、私の手は、リリィではなく、K君の太ももをなでていたのか。。。

思い込んでると、人間ってわからないものである。
Iさんも、リリィをなでているつもりが、ご主人の足だったことがあるそうだ。みんなで大笑いした。

聖書にこんな話がある。
イサクという人に、エサウとヤコブという二人の息子がいた。
長男エサウは毛深く、次男ヤコブはなめらかな肌だった。
年老いたイサクが、祝福の祈りをエサウにしようとしていた。

ヤコブはエサウから、その祝福の祈りを横取りしようと、腕に子ヤギの毛皮をつけて、毛深いエサウになりすました。
視力が衰え、年老いたイサクは、その腕にさわって、エサウだと思い込み、ヤコブに祝福の祈りをしてしまった。

この話を読んで、私はずっと、いくら毛深いからといって、人の肌と子やぎの毛を間違えるのかな〜と信じられないでいた。私は、疑い深い性格なのである。
でも、この日、自分が間違えて納得した。スッキリした。

これから、またひとつ、聖書に出てくる登場人物に、「そやねん、そやねん」と、親しみを覚えて、読む事ができそうだ。
感謝、神様。

リストマーク必死のパッチ 管理人妻

寒がり、風邪ひきの私は、冬はコタツにストーブ、自分の人生にスキーは関係ないと思っていた。
ところが、主人がスキーが大好きだったため、いっしょに趣味を楽しむために、40歳からスキーをするはめになった。

一年前、初めて野沢温泉のスキー場の中級コースを主人と滑ったときは、傾斜が絶壁のように感じた。ひぇぇぇ〜
一度転んだら、下まで転がり落ちるしかないと思い、ドキドキしながら、必死のパッチで滑った。

今年は、「なんとかなる」と、少し楽しくチャレンジできた。

そしたら、主人に上級コースに連れて行かれた。ひぇぇぇ〜。
またもや、必死のパッチで滑った。

スキーは、私にとって、必死のパッチのチャレンジである。

リストマーク私をスキーに連れてって (管理人妻)

年末に、信州野沢温泉へスキーに行った。
主人はスキー歴22年、私は結婚してから始めたので3年目。
主人は若い頃、スキーのはしごをしてたらしい。
信州にスキーに行って、帰宅したらその晩にまた別グループと信州の別のスキー場へという具合だ。

スキーをする主人の姿はかっこいい。
「その姿をまわりの女の子は知ってたのか?」と聞くと、「知らんかったやろ。」
まわりの女の子たちが、この姿を知ってたら、もっと早く結婚できたかもなあ。。。と、つい思ってしまう。

今年も出発前に、部屋で、なにやらゴソゴソして、ビデオを出してきた。
「わたしをスキーに連れてって」という20年くらい前の映画のビデオだ。
「これは名作だ!」と言って、主人は毎年冬になると見ている。
気分も盛り上がったようで、出発した。

リストマーク夫婦手品

クリスマス。教会のクリスマス礼拝のあと、祝会がおこなわれた。主人と私は、手品を披露した。
けっこう、うけた。

うちの教会は年齢層が高いので、なかには一瞬のことで何がおこったか分からなかった人もいたかもしれない。。。

私たちの手品には、種も仕掛けもあるけれど、神様の奇跡には種も仕掛けもない。

手品の準備をしながら、旧約聖書の中で、イスラエル民族がたくさんの神様の奇跡を体験し、大いに喜んだことに、思いをめぐらした。

クリスチャンになると、すばらしい神様の奇蹟を体験する。
びっくりしたり、喜んだり、泣き笑いしたり。
あなたも神様に出会って、種も仕掛けもない、神様の奇跡を味わってくださいね。

リストマーク年末前の風景

私の勤める会社にも、ごたぶんに漏れず「社」(やしろ)がある

その中に伊勢神宮と近江神宮のお札がけんかもせず仲良くおさまっているのだが、係の者が初詣のときに、古いお札と新しいお札とを入れ替えることになっている。

その用意のために係の人が「社」に入っている古いお札を取ってきた。

その人が一年ぶりに「社」の中を開けたら、ねずみのふんらしいものが、あたりに落ちていて、しかもお札の入った袋が少しかじられていたそうだ。

聖書に「神様は人間の作ったものに住まわれない」と書いてあるが、どうやら「社」には、ねずみが住んで、しかも拝まれているらしい。

それにしても、社の神様は、葉っぱ(榊)を飾ってもらったり、お酒を欲しがったり、世話が焼ける。

リストマーク希望



学生時代、がり勉した。
その時に脳みそをほとんど使ったので、今はわずかに残ってる脳みそだけで生きている。

二年ほど前に、少し年上のクリスチャンの小学校の先生と会話する機会があり、彼にそう言ったら彼はこう答えた。

「ぼくも、もうだめです。昔は電話帳一冊覚えるくらいの記憶力あったんですけれど。。。」!!! 

彼が非常に頭のよい人だということは噂には聞いていたけれど、そんなにすごかったんだ。返事を聞いてびっくりした。

それから彼はこう言った。
「大丈夫です。イエスさまは新しい脳みそを造られますから。」
じ〜んとした。新しい脳みその希望がわいてきた。

それから私は「がり勉してたから、心が育ってなくて。。。
自分に心があることや、人に心があることに、気がついたのは25歳くらいでした。」と言った。

すると彼は言った。
「いいじゃないですか〜。ぼくなんかそれに気がついたのは30歳越えてからですよ〜。」
なんだか、さらに慰められた。

悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるから。聖書


リストマークOK牧師 「春の朝」編


日曜の早朝、公園での礼拝。春になった。賛美のあとは、みんな散歩しながら歌ったり、祈ったり、聖書の御言葉に思いをめぐらせている。
私も、祈りながら散歩していた。
すると、朝日をうけてキラキラ光る、雪のように白い花が、大波のように盛り上がり、20メートルくらい続く垣根から、ザブーンと、一面あふれている。

「わ〜きれい。雪の大波みたいだな。」感動して見ていると、教会スタッフのFさんが、「それ雪柳っていう花よ。」と教えてくれた。

わたしは、あなたの神、主である。わたしは、あなたに益になることを教え、あなたの歩むべき道にあなたを導く。
あなたがわたしの命令に耳を傾けさえすれば、あなたのしあわせは川のように、あなたの正義は海の波のようになるであろうに。聖書

リストマークOK牧師 「冬の朝」編


OK牧師は10年近く、日曜日の朝5時半から7時まで、市内の運動公園で早朝礼拝をした。屋外である。
春も夏も秋も冬も。雨でも雪でも嵐でも。
中止になるのは、雪が降った次の日、道路がアイスバーンになって危ないときだけだった。

私も一年くらい参加した。
真冬はみんなオーバー、マフラー、毛糸の帽子に手袋、スキーズボンで防寒。
痩せ気味のOK牧師は寒がりなので、マフラーは二枚重ね、毛糸の帽子の先にはボンボンがついていた。
OK牧師はそんな姿で、うれしそうにタンバリンをたたいて、飛び跳ねながら賛美していた。
そんなOK牧師の姿をみて、いっしょにいた女の子が私にささやいた。
「なんだか大阪の食いだおれ人形に似てる〜!」

ぶはっと笑ってしまった。確かに似ていた。
いっそう楽しくなって、私達も賛美した。

タンバリンと踊りをもって、神をほめたたえよ 聖書

リストマークOK牧師 雨傘編 (管理人の妻)


当たり前のことだが、OK牧師は雨の日いつも傘を使う。
雨が降りそうな時、旅行の時、傘を持っていく。
ただし、折りたたみ傘は使わない。
どんなことがあっても長い傘を使うし、長い傘を持っていく。

OK牧師は今年の春に、ツアーでイスラエル旅行に行った。キリスト教の聖地である。
その様子が、あるキリスト教番組で放映された。
テレビ画面を見ていると、お天気のよい日、ツアー客のなかに一人だけ傘をさして歩いている人がいる。
OK牧師だった。長い雨傘を日よけにして歩いていた。
「げっ、イスラエルまでも長い雨傘を持って行ったんだ。」

「そこまでするか〜!」と、あきれる気持ちで見ていたが、そのうちにそれは
「よくやるよ〜」と、ため息まじりの感動となり、いつしか「どこまでもやり通す、あなたは偉い!」と、
深い尊敬の思いに変わって、テレビを見ている自分がいた。 つづく

リストマークOK牧師のこと 

OK牧師は、結婚する前に通っていた教会の、牧師である。

OK牧師は、まじめで、ユニークで、愛がある。
大阪弁で説教する。
大阪弁でしかしゃべれないのかと思っていたら、違ってた。
「自分の言葉でしか、本当に伝えたいことは相手に伝わらない。」との、尊敬するアメリカ人女性宣教師の言葉に感銘を受けて、あえてそうしていたらしい。

OK牧師は、キリストを信じて、新しい人になった。
けちんぼうだったけれど、与える人になった。
えらそばってたけれど(偉そうにする)、仕える人になった。
人を裁いてばかりいたけれど、ゆるす人になった。
OK牧師は人間だから、今も失敗をするけれど、すぐに悔い改める。
そして神様の助けを得て、また歩き出す。

OK牧師は、神に愛されている。また子供から大人まで、人にも愛されている。
若者からは、OKやんと呼ばれて、うれしそうにしている。

ときどき、あちこちの教会の集会や家庭集会にいっしょに連れて行ってもらった。
OK牧師は、道中、車の中では、声を出してず〜っと賛美しているか、祈っている。
電車のなかでは、口をもごもごさせ、ず〜っと祈っている。
大阪駅構内では、ず〜っと声を出して、賛美しながらか、祈りながら歩く。
(初め、私は2〜3メートル後ろに下がり、他人のふりをして歩いた。)

とにかく一日中、神様のことで心がいっぱいなのである。
それゆえか、OK牧師の話す言葉は、いつも「恵みの言葉」なのである。つづく